大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和34年(オ)59号 判決

上告人 高橋泰二

被上告人 高橋万徳 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由一点について。

所論は、民法八一四条一項三号に関する原審の解釈、適用を論難するものであるが、右八一四条一項三号にいわゆる「重大な事由」は必ずしも当事者双方または一方の有責事由に限ると解する必要はなく、所論は、結局、その援用の判例の趣旨を正解せず、独自の見解に立つて原判決を攻撃するもので、論旨は理由がない。

同二点について。

原審の認定にかかる事実関係のもとでは、本件縁組を継続しがたい重大な事由があるとした原審の判断の相当であることを肯認するに足りるのみならず、円満な親族的共同生活を維持できない状態に立ち至つたことが主として上告人のわがまま勝手なふるまいによることは原判決の行文から容易に看取しうるところであるから、所論は、採用できない。

同三点について。

民訴三五条六号にいわゆる「不服ヲ申立テラレタル前審ノ裁判」とは、当該事件について直接又は間接に下級審のした裁判を指すものと解すべきである。ところが、本件は所論の離婚請求事件とは全く別個の事件であるから、所論のように、裁判官上野正秋が右離婚請求事件の第一審の裁判に関与したからといつて、前記法条にいわゆる前審の裁判に関与したとはいえないことは自明の理である。それ故、論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)

上告人の上告理由

一、原判決は民法第八一四条一項三号の解釈を誤り、判決に理由を附しなかつたものであるから破棄されるべきである。

(1) 原判決は「……原判決(第一審判決をさす)と同様の理由によつて被控訴人らの本訴請求を認容すべきものと判断するので原判決の理由記載をここに引用する」としているが、その第一審判決によると「然らば、前記の事実は、ことここに至つた責任が原被告いずれにあるかを問うまでもなく、直ちにもつて原被告間の縁組を継続し難い重大な事由あるものとするに足るから、右事由に基き、被告とし離縁の判決を求める原告等の請求は正当として認容すべきものである」としている。すなわち、円満な親族的共同生活の回復を望むべくもない事実状態が発生し、存在していることが認定されるならば、その発生についていずれに責任があるかは問うまでもなく、民法第八一四条一項三号にいう「縁組を継続し難い重大な事由」にあたるものとしている。

(2) しかしながら、右の「縁組を継続し難い重大な事由」該当の事実について有責的当事者は本号によつて離縁を請求することは許されないものと解すべきである。(離婚の場合について。最高判昭和二七・二・一九民集一一〇頁)

(3) さもなければ、上告人の如く被上告人らに墾望されて縁組を結んだものが、自らの有責的行為に非ざる事由によつて離縁される場合が生じ、貴重な人生が、他人の意思と行為にもてあそばれる結果になること必然だからである。

(4) 従つて、原判決の「ことここに至つた責任が原被告いずれにあるかを問うまでもなく、直ちにもつて原被告間の縁組を継続し難い重大な事由あるものとするに足る」との判断は民法第八一四条一項五号の解釈を誤り、前記判例に反するものであり、また、従つて右事由の存在がいずれに帰責すべきかについて判決に理由を附しなかつたものであるから破棄されるべきである。

二、民法第八一四条一項三号違反

(1) 養子縁組の経過、その後の生活の経緯、その紛争の原因、然様等を発展的にみるならば未だ「縁組を継続し難い重大な事由」ありとはなし難く、また紛争があつたにしても、それは上告人の責に帰すべき事由ではないのである。

(2) 破棄差戻しの上右の責について審理をつくして頂きたい。

三、原判決は法律に依り判決に関与することのできない裁判官が関与した違法な判決であるから民事訴訟法第三百九十五条第一項第二号によつて破棄されなければならない。

原判決は理由として「当審における控訴人本人尋問の結果の一部によれば控訴人と正江との間の前示離婚訴訟はその後上告棄却となり右両名の離婚が確定したことが認められる。そして右事実は控訴人と被控訴人らの養子縁組が控訴人との婚姻と一体をなす昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法による養子縁組婚姻であることと考え併せるならば前示心証を更に強くする資料となる」と述べているが右判示のように上告人(控訴人)と被上告人(被控訴人)らの養子縁組が上告人と正江との婚姻と一体をなすものであつたばかりでなく被上告人が不当にも上告人に対する離縁の理由として主張し来つたものは右正江の上告人に対する離婚理由と同一のものだつたのである。

而して原判決に関与した上野正秋裁判官は上告人と右正江間の離婚請求事件(盛岡地方裁判所昭和二三年(タ)第六号)に関与した裁判官である。なるほど右離婚請求事件は一応形式的には原裁判の前審ではないかの如き体裁ではあるが、原判決の前記理由の一の判示からも明らかなように右離婚と本件離縁とは、一体をなす法律関係から派生したものであつて、実質上は前審の関係にあるものと云わなければならない。従つて、原判決に関与した上野裁判官はその前審たる裁判に関与したものであつて民事訴訟法第三十五条第六号により当然除斥されるべきものであり原判決は法律により関与すべからざる裁判官が関与したものとして破棄されなければならない。

(一審判決)

判  決

原告 高橋万徳

原告 高橋キノ

被告 高橋泰三

主文

原告等と被告を離縁する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実(省略)

理由

原告等が夫婦であり、同人等とその二女正江とが昭和二十年九月九日、被告と養子縁組婚姻をなし、その届出をしたことは公文書として成立を認め得る甲第一号証により認め得られる。

そして、前記甲号証に、同じく公文書として成立を認め得る甲第二号証乃至甲第四号証に証人高橋正江、同寺本玉江の各証言、原告各本人尋問の結果を考え合わせると、次の事実を認定することができる。

原告万徳は薬品の販売を業とし、被告は獣医師である。一人息子に先立たれた原告等は世話する人があつて、ゆくゆくは自己の後継とするつもりで、被告を正江の婿養子として迎えたところ、婚姻してから父母の許を去つて、当初は稗貫郡八重畑村の借家に、その後は本籍地の同郡新堀村に新居を構えて同棲生活に入り、その間に一子弘子をもうけたものの、婚姻の年の十一月には早くも原告主張事実第一項中1記載のような出来事が起り不和の兆を生じ、その後は日を経るにつれて不和は深まり、昭和二十二年七月頃までの間に原告主張事実中第一項2乃至4記載のようないざこざが相次いで起つた末、婚姻以来漸く二年を経過したに過ぎない昭和二十二年九月二十二日正江は弘子を伴い父母の許に去つて再び帰らず、同女と被告との婚姻生活はここに事実上の終局を告げるに至つた。

その後被告との協議離婚に成功しなかつた正江は、被告を相手取り、当裁判所に対し離婚訴訟を提起したところ、第一、二審とも、両者の性格の相違等に基因してその夫婦生活は事実上破綻したものとの認定のもとに婚姻を継続し難い重大な事由あるものとして離婚の判決を受けたが、被告はなおこれを不服として上告し、右事件は目下最高裁判所に係属中である。

然らばこの事実に、正江、被告がともに晩婚であることその同棲期間が極めて短かつたことをも斟酌すると、両者の融和と円者な夫婦関係の回復はもはや望み難いところといわねばならない。

さらに、前掲各証拠を綜合すると、原告等は、正江と被告が不和に陥るにつれて、吾子可愛いさからから正江に組して紛争渦中の人となり、原告等と被告の間柄は次第に疏隔から反目えと赴さ、その間昭和二十三年三月には原告主張事実中第一項6記載のような事実があり、その後も例えば同5、8のような出来事も起り、正江が原告等のもとに帰来するに及んで、正江と被告の争は、原告等と被告の争に転じてしまつた感がある。すなわち前記離婚訴訟においても原告等は終始正江の背後にあつてこれを支援したことを推認し得るばかりでなく、昭和二十三年十月十五日、被告が、正江と同棲していた万徳建築の居宅につき万徳に無断で自己名義の所有保存登記をなしたことに端を発して原告万徳と被告間にも紛争を生じて、所有権確認請求事件として訴訟に発展し、第一、二審とも万徳勝訴の判決を受けたが、被告はさらに上告し、これまた最高裁判所に係属している事実を認定することができる。

以上認定の事実によつて考察すると、正江が原告等の許に帰つた昭和二十二年九月以来、原告等と被告との関係もまた事実上破局を告げ、その後は互にはげしく対立して争訟に明け暮れること実に七年の久しきに及んでいる。原被告は親子の情誼を結ぶ日は浅かつたのに憎悪と反目の歳月のみはいたずらに長く、その確執はもはや解き難いものとなつたことを察するに難くない。訴訟はやがて勝敗いずれに解決しても、それは、これらの訴訟を生ぜしめ、かつ訴訟を経過することにより一層険悪化した、原被告等の感情的対立をまで解決し得るものではあるまいと思われる。してみると原告等にこれ以上被告との親子関係の継続を強制しても両者間の葛藤を一層抜きさしならぬものとするに止まり、円満な親族的共同生活の回復はこれを望むべくもないと認められる。

然らば、前記の事実は、ことここに至つた責任が原被告いずれにあるかを問うまでもなく、直ちにもつて原被告間の縁組を継続し難い重大な事由あるものとするに足るから、右事由に基き被告との離縁の判決を求める原告等の請求は正当として認容すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(盛岡地方裁判所民事部裁判官 須藤貢)

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